最近私が購入したSonos AmpにはクアルコムのDDFAというデジタルアンプ(D級アンプ)が搭載されています。前評判通り確かに音質が良いのですが、そもそもDDFAがどういう技術で、なぜ音質がいいのかわかっていませんでした。調べてみると興味深い技術でした。
DDFAはDirect Digital Feedback Amplifierの略
まず、DDFAとは「Direct Digital Feedback Amplifier」の略です。日本語に訳すと「直接デジタルでフィードバックを行うアンプ」といったところです。技術について調べるとそのまんまといえばそのまんまの名前でした。
DDFAはもともとイギリスのCSR社が開発した技術だそうです。CSRはBluetoothの高音質コーデックであるaptXを開発した会社として知られており、その後クアルコムに買収されています。その時にDDFAも一緒にクアルコムのものになったわけです。
アンプのフィードバック(帰還)技術とは?
DDFAを理解するには、まず、アンプにおけるフィードバック(帰還)技術について理解する必要があります。
アンプは理想的な増幅をできない
上の図はアンプの動作を簡単に示したものです。CDなどの音楽の波形がアンプに入力され、これがα倍されてスピーカーで出力されます。
これによって元の小さな音が人間の耳でも聞き取れる大きな音になるわけです。
なのですが、これは完璧に理想的なアンプの場合であって、実際はこんなにうまくはいきません。
まず、「α倍」は音の周波数によって増幅率が変わってしまいます。また、信号の伝送や増幅の過程でノイズが足されてしまいます。
これが高域や低域が伸びない原因や、音の歪みにつながるわけです。
負帰還(NFB, Negative Feedback)で改善
そこで出てくるのが「Feedback」による改善です。アンプでは負帰還(NFB, Negative Feedback)が使われます。
こちらがNFBをかけた場合のアンプの図です。スピーカーへの出力がβ倍され、元の音楽信号から引かれ、それがアンプへと入っています。
追記: 上の図、スクリーンキャプチャに失敗して「あ」というのが出ていますが無視してください。
数式からNFBの効果を確かめる
これだけ見ると非常に単純な回路になっていて本当に効果があるかどうか疑問が出るところですが、数式にすると効果がわかります。数式がややこしいと感じる方は飛ばしていただいても大丈夫です。
今、入力をi(f), 出力をo(f)とします。アンプの増幅率はα(f)とします。それぞれ「(f)」となっているのは周波数によって増幅率が異なるということを示しています。また、出力にはノイズが乗るので、これをdとします。
すると、
o(f) = α(f) x i(f) + d
となります。上で書いたとおり、このままだと高域や低域が伸びなかったり、音がゆがんだりします。
そこでNFBをかけます。フィードバックする信号の倍率をβ(f)とすると、この式は、
o(f) = α(f) x (i(f) – β x o(f)) + d
となります。この式をo(f)について解くと、
o(f) = (α(f) ÷ (1 + (α(f) × β))) x i(f) + (1 ÷ (1 + (α(f) × β))) x d
となります。
ここで、α(f) × βが1より十分大きいとすると、
1 + (α(f) × β)) ≒ α(f) × β
と近似できるので、
o(f) = (α(f) ÷ (α(f) × β)) x i(f) + (1 ÷ (α(f) × β)) x d
= (1 ÷ β) x i(f) + (1 ÷ (α(f) × β)) x d
となります。
この式の第1項は入力の増幅、第2項はノイズ成分と鳴りますが。
まず、入力の増幅については(1 ÷ β)倍となっており、周波数に依存しない形となっています。したがって、高域や低域が伸びないという問題が解決されます。
また、ノイズ成分については (α(f) × β) が十分大きければ0に近づきます。
これによりNFBはアンプの特性を改善できるわけです。
(参考): NFBには悪い側面も
もちろんNFBは良いことばかりではありません。
まず、設計が複雑になります。理想的に入力に対する引き算が行われればいいですが、位相がずれてしまったりして、特性に変なピークができてしまいます。これを解決するにはしっかりと回路を設計する必要があります。
また、アンプの増幅率が小さくなります。上で書いたとおり、増幅率は1÷βとなり、元のα(f)よりも小さくなります。できるだけノイズや歪みを小さくするには、α(f)を大きくする必要がありますが、そうしたところで増幅率は1÷βになってしまうわけです。
また、「NFBは音が悪い」という話もあります。NFBは数値上の特性は非常によくなるのですが、人間が聴いた時に良い音に感じられないのだとか。
こればっかりはNFBあり/なしで一般の人がフェアな比較をできるわけではないのでなかなか確かめるのは難しそうです。NFBありのアンプとNFBなしの別のアンプを比べることはできますが、そもそも別製品ですからね。。。
とはいえ、NFBをかけずにまともな特性を得られるアンプはコストが高いので、NFBをかけているアンプが多いです。
デジタルアンプが電源変動に弱いのは直接NFBをかけづらいため
元の話に戻って、DDFAが対象としているのはいわゆるデジタルアンプ(D級)アンプです。
上で説明してきたNFBは普通のアンプ(A級とかAB級とか)なのですが、動作原理が異なるデジタルアンプにはNFBをそのままかけるのは難しいです。
このため、間にデジタルアンプを挟むとして、アナログの入力とアナログの出力に対してNFBをかけることはあっても、フルデジタルで処理するデジタルアンプにNFBを直接かけることはできないようです。
よく「デジタルアンプは電源が重要」といわれていますが、その理由はここにあります。上の式の説明で、最終的なアンプの増幅率はβとなり、アンプのそもそもの増幅率α(f)に依存しない形となっていました。電源が弱かったりで変動が起こるとα(f)が揺れるわけですが、これがNFBによって改善されるわけです。逆にデジタルアンプはNFBがかけられないのでアンプの電源変動がもろに出力に影響します。
デジタルアンプにデジタル領域でNFBをかけるDDFA
DDFAの話に戻ると、DDFAのすごいところはNFBをデジタル領域でデジタルアンプに直接かけられるところにあります。まさに「Direct Digital Feedback Amplifier」です。
上はPHILEWEBのHPにあったDDFAのブロック図です。スピーカーの出力がNFBとして使われているのがわかるかと思います。
Direct Digitalといいながら、アナログ信号を戻してADCにかけてるじゃないか?というつっこみはありますが、あくまでDigital PWM Modulationというデジタルアンプの肝のところでNFBがかかっているのがポイントです。
NFBにより特性が大幅に向上
このNFBによりDDFAは特性が大幅に向上しています。
クアルコムのHPによると、
- SN比: 113dB
- THD+N(歪み+ノイズ): < 0.002 %
となっています。
これがどれくらいすごいかというと、マランツの定価60万円のPM-10がSN比: 111dB、THD+N: 0.005%、デジタルアンプのHD-AMP1がSN比: 105dB、THD+N: 0.05%です。
チップそのものとアンプになった製品は違いますが、DDFAを使っているデノンのPMA-150Hは
- SN比: 112dB
- THD+N: 0.002%
としているので、製品になってもDDFAの特性はすごいといえます。
もちろん、上で書いた通り「NFBをかけると悪い」という話もあり、特性がすべてではありませんが、少なくとも技術としてDDFAは素晴らしいということは言えるかと思います。
生々しい音がする
私が実際にSonos Ampを聴いた感想として、生々しい音がすると感じました。
特にギターの音でそれを感じます。ギターの音はきれいな音ばかりではなくノイズや歪みといった音の成分も含んでいます。普通のデジタルアンプだとこういった要素がそげ落とされて丸い音になりますが、DDFAだとこういった音がそのまま残ってギターらしい音を感じます。
同様にベースの音、ドラムの音、金管楽器の音、ヴァイオリンの音といったその他の楽器についてもきれいなだけではないそれぞれの楽器の本来の音が聞こえるように感じました。
これが強力なフィードバックの効果なのでしょうか。
DDFA搭載のアンプチップは3種類
DDFAというのは技術の名前なので、これを搭載したLSIは複数あります。
現在のところ第3世代までリリースされていますが、音質や機能の向上ではなく機能の1チップ化という観点で進化しています。
CSRA6600, CSRA6601
初代のDDFA搭載アンプLSIです。
デジタル信号処理を行うCSRA6600とフィードバックを処理するCSRA6601ノ2チップ構成でした。また、外部に増幅の最終段が必要です。
現在ではディスコンになっているのか、クアルコムのHPに情報がありません。
CSRA6620
第2世代のCSRA6620では第1世代で2チップだったものを1チップ化しています。
1チップ化することで実際にアンプの製品を作る際に基板設計が容易になりますし、コストの低減にもなります。
増幅の最終段は依然として必要です。
CSRA6640
第3世代のDDFAチップで2019年3月に発表されています。
第2世代までは増幅の最終段は外に用意する必要がありましたが、CSRA6640ではこれも取り込んでいます。
このため、CSRA6640を1個搭載すれば簡単にアンプが作れます。
1チップ化することで発熱も大きくなるので、ステレオで20Wまでの出力となっています。より大きな出力を得る場合は第2世代に自前で最終段を用意することになるそうです。このため第2世代は第3世代と併売されます。
日本で手に入るDDFA搭載アンプ
日本ではデノン、ヤマハ、SonosといったメーカーがDDFA搭載の製品を販売しています。
Denon(デノン)
PMA-50, PMA-60, PMA-150H, DRA-100, DNP-2500NE, DA-310USBといった製品がDDFAを搭載しています。
PMA-150HはDDFAを2個搭載してBTL構成になっているという面白い構成です。
DNP-2500NEとDA-310USBはヘッドホンアンプとしてDDFAを使っています。
YAMAHA(ヤマハ)
ヤマハはサウンドバーのMusicCast Bar 400 (YAS-408)でDDFAを採用しています。
ワイヤレスリアスピーカーを追加することでサラウンド再生もできるという面白い製品です。
Sonos (ソノス)
SonosはSonos AmpでDDFAを採用しています。私も購入しましたが、とにかくアプリが使いやすくてサクサク使え、良い音のアンプです。
調べてみると面白い技術
実際に調べてみるとDDFAは非常に面白い技術であることがわかりました。
しかも音も良いので個人的にはお勧めです。
他社が同じようなNFBのあるデジタルアンプを出さないということはしっかりと特許で守られた技術なのでしょうね。
デジタルアンプということで毛嫌いせずに一度試してほしいアンプです。
コメント